東京地方裁判所 平成6年(行ウ)229号 判決 1998年9月30日
原告
山崎幸雄
右訴訟代理人弁護士
川口巖
同
須合勝博
同
松島宇乃
被告
東村山税務署長
石毛昭司
右指定代理人
栗原壯太
外四名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告が、原告に対し、いずれも平成四年一月三一日付けでした次の各処分を取り消す。
一 原告の昭和六三年分の所得税に係る更正のうち総所得金額三五三万六二〇〇円及び納付すべき税額二四万一九〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定
二 原告の平成元年分の所得税に係る更正のうち総所得金額三四九万九〇九九円及び納付すべき税額二一万五一〇〇円を超える部分並びにこれに対する過少申告加算税賦課決定
三 原告の平成二年分の所得税に係る更正のうち総所得金額二二一万一五九四円及び納付すべき税額八万五五〇〇円を超える部分並びにこれに対する過少申告加算税賦課決定
四 原告の平成二年一月一日から同年一二月三一日までの課税期間に係る消費税についての決定のうち納付すべき税額五万九八〇〇円を超える部分及びこれに対する無申告加算税賦課決定
第二 事実関係
一 事案の概要
本件は、昭和六三年ないし平成二年分(以下「本件各年分」という。)の所得税について確定申告期限内に確定申告していた原告に対し、被告が、平成四年一月三一日付けで、本件各年分の所得税について事業所得の金額を推計による方法で算出して各増額更正(以下「本件所得税各更正」という。)及び右増額分に係る各過少申告加算税賦課決定(以下「本件所得税各賦課決定」といい、本件所得税各更正と合わせて「本件所得税各処分」という。)を行い、また、平成二年一月一日から同年一二月三一日までの課税期間(以下「本件課税期間」という。)の消費税について平成二年分の事業所得に係る総収入金額に基づいて算出した額の課税資産の譲渡等があったとして決定(以下「本件消費税決定」という。)及びこれに係る無申告加算税賦課決定(以下「本件消費税賦課決定」といい、本件消費税決定と合わせて「本件消費税処分」という。)をしたのに対し、原告が、本件所得税各処分は推計課税の必要性及び合理性がないのにこれに基づいて行われたものであり、本件消費税処分については課税資産の譲渡等の対価の額の認定を誤り、控除すべき仕入分の消費税額の控除をせずに行われたものであるとして右処分につき取消しを求める事案である。
二 法令の規定等
1 消費税法(ただし、法二九条、三〇条一項、七項ないし一〇項、四五条については、平成六年法律第一〇九号による改正前のもの。以下「法」という。)は、事業者(法二条一項四号)が国内において行った資産の譲渡等(同項八号)には消費税を課すこととし(法四条一項)、事業者の国内における課税資産の譲渡等(法二条一項九号)については当該事業者に消費税の納税義務があることを規定する(法五条)。そして、その課税標準は、原則として課税資産の譲渡等の対価の額(対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額とし、課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税に相当する額を含まないものとする。以下「課税売上額」という。)とし(法二八条一項本文)、その税率を一〇〇分の三と規定する(法二九条)。一方、法は、事業者が事業として行う他の者からの資産の譲受け等で、当該他の者は事業として当該資産を譲渡等した場合に課税資産の譲渡等に該当するものを課税仕入れとし(法二条一項一二号)、事業者が国内において課税仕入れを行った場合には、当該課税仕入れを行った日の属する課税期間(法一九条一項一号)の課税標準額に対する消費税額(法四五条一項二号)から、その課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額(当該課税仕入れに係る支払対価の額に一〇三分の三を乗じて算出した金額をいう。)を控除する旨規定する(法三〇条一項。以下この税額控除を「仕入税額控除」という。)。そして、法三〇条七項は、事業者が当該課税期間の課税仕入れの税額の控除に係る帳簿(以下「法定帳簿」という。)又は請求書等(以下「法定請求書等」という。)を保存していない場合には、当該法定帳簿又は法定請求書等の保存がない課税仕入れに係る消費税額については同条一項の規定を適用しない旨を規定し、同条八項一号は、課税仕入れに係る法定帳簿とは、課税仕入れの相手方の氏名又は名称(同号イ)、課税仕入れを行った年月日(同号ロ)、課税仕入れに係る資産又は役務の内容(同号ハ)及び同条一項に規定する課税仕入れに係る支払対価の額(同号ニ)が記載されている帳簿であることを、また、同条九項一号は、課税仕入れに係る法定請求書等とは、事業者に対して課税資産の譲渡等を行う他の事業者から交付されるもので、書類の作成者の氏名又は名称(同号イ)、課税資産の譲渡等を行った年月日(課税期間の範囲内で一定の期間内に行った課税資産の譲渡等につきまとめて当該書類を作成する場合には、当該一定の期間。同号ロ)、課税資産の譲渡等の対象とされた資産又は役務の内容(同号ハ)、課税資産の譲渡等の対価の額(当該課税資産の譲渡等に係る消費税額に相当する額がある場合には、当該相当する額を含む。同号ニ)、書類の交付を受ける当該事業者の氏名又は名称(同号ホ)を記載した請求書、納品書その他これらに類する書類であることを、それぞれ規定している。
2 また、消費税法施行令(ただし、令五〇条一項については、平成七年政令第三四一号による改正前のもの。以下「令」という。)五〇条一項は、法三〇条一〇項の委任に基づいて、同条一項の規定の適用を受けようとする事業者について同条七項に規定する法定帳簿又は法定請求書等を整理し、当該帳簿についてはその閉鎖の日の属する課税期間の末日の翌日から二か月を経過した日から七年間、これを納税地又はその取引に係る事務所、事業所その他これらに準ずるものの所在地に保存しなければならないと規定する。
三 争いのない事実等
1 当事者
原告は、住所地である東京都保谷市北町六丁目一番二〇号において「山崎工務店」の屋号で建築工事業を営む者であり、本件課税期間に係る消費税について、法二条一項三号の個人事業者に当たる。
2 本件訴訟に至る経緯等
(一) 原告は、本件各年分の所得税につき、それぞれ別表一ないし三の各確定申告の項中の年月日に、同項中の総所得金額及び納付すべき税額欄記載のとおりの内容で確定申告をしたが、本件課税期間に係る消費税については申告しなかった。
(二) 被告は、平成四年一月三一日付けで、原告に対し、原告の本件各年分の所得税について、総所得金額、納付すべき税額及び過少申告加算税額をそれぞれ別表一ないし三の各更正・賦課決定の項記載のとおりとする本件所得税各処分を行った。また、被告は、同日付けで、原告に対し、原告の本件課税期間に係る消費税について、課税標準額、納付すべき税額及び無申告加算税額をそれぞれ別表四の決定・賦課決定の項記載のとおりとする本件消費税処分を行った。
(三) 原告は、平成四年三月三〇日、右各処分に対する異議申立てを行ったが、被告は、同年六月三〇日でこれで棄却する旨の決定をした。原告は、右決定を不服として、同年七月二九日、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成六年三月三一日、右審査請求を棄却する旨の裁決を行った。原告は同年四月八日、右裁決に係る裁決書謄本を受領し、同年七月七日、本件訴えを提起した。
3 本件の各処分についての被告の根拠及び計算方法(乙第一号証の一ないし四、第一九号証)
(一) 本件所得税各更正の根拠
(1) 昭和六三年分
原告の昭和六三年分の仕入金額を別表五の昭和六三年分①被告主張額の合計金額欄記載のとおり一四二二万二四六四円と認め、年初及び年末の棚卸額については、原告の事業内容からみて著しい変動がなく同額と認めて、仕入金額をもって売上原価の額とし、同金額を後記(4)の基準で選定した他の事業者(以下「比準同業者」という。)の総収入金額に占める売上原価の額の割合の平均値(以下「平均売上原価率」という。)0.2362で除して総収入金額六〇二一万三六四九円を算出し、総収入金額に比準同業者の総収入金額に占める特前所得金額(総収入金額から売上原価の額及び経費の額を控除して算定した青色申告特典控除前の所得金額をいう。ただし、本件では青色申告事業専従者給与の額を経費の額に含めている。以下同じ。)の割合の平均値(以下「平均特前所得率」という。)0.1146を乗じて事業専従者控除額控除前の所得金額六九〇万〇四八四円を算出し、原告には所得税法五七条三項に規定する事業専従者がいないものと認めて、同額を事業所得の金額とした。そして、右金額の範囲内である六四二万九六六八円をもって原告の昭和六三年分の所得税に係る総所得金額と認定し、右総所得金額に基づいて納付すべき税額七六万二四〇〇円(新たに納付すべき税額五二万〇五〇〇円)を算出した。
(2) 平成元年分
原告の平成元年分仕入金額を別表五の平成元年分①被告主張額の合計金額欄記載のとおり一八二一万三二六七円と認め、年初及び年末の棚卸額については、原告の事業内容からみて著しい変動がなく同額と認めて、仕入金額をもって売上原価の額とし、同金額を比準同業者の平均売上原価率0.2217で除して総収入金額八二一五万二七六〇円を算出し、総収入金額に比準同業者の総収入金額に占める特前所得金額の割合の平均値0.1175を乗じて事業専従者控除額控除前の所得金額九六五万二九四九円を算出し、原告には所得税法五七条三項に規定する事業専従者がいないものと認めて、同額を事業所得の金額とした。そして、右金額の範囲内である九三七万九〇二九円をもって原告の平成元年分の所得税に係る総所得金額と認定し、右総所得金額に基づいて納付すべき税額一五〇万九三〇〇円(新たに納付すべき税額一三七万九〇〇〇円)を算出した。
(3) 平成二年分
原告の平成二年分の仕入金額を別表五の平成元年分①被告主張額の合計金額欄記載のとおり一六五七万六八七一円と認め、年初及び年末の棚卸額については、原告の事業内容からみて著しい変動がなく同額と認めて、仕入金額をもって売上原価の額とし、同金額を比準同業者の平均売上原価率0.2243で除して総収入金額七三九〇万四九〇九円を算出し、総収入金額に比準同業者の総収入金額に占める特前所得金額の割合の平均値0.1179を乗じて事業専従者控除額控除前の所得金額八七一万三三八九円を算出し、原告には所得税法五七条三項に規定する事業専従者がいないものと認めて、同額を事業所得の金額とした。そして、右金額の範囲内である六九七万九八二七円をもって原告の平成二年分の所得税に係る総所得金額と認定し、右総所得金額に基づいて納付すべき税額八二万四六〇〇円(新たに納付すべき税額七五万一一〇〇円)を算出した。
(4) 比準同業者比率の抽出方法
比準同業者の抽出方法については、東京国税局長から被告に対する、東村山税務署管内(東村山市、小平市、清瀬市、東久留米市、田無市及び保谷市)において、原告と同様に所得税の納税地を有し、かつ、事業所を有する個人事業者のうち、本件各年分ごとに次の①ないし⑥の要件のすべてに該当する者の報告を求める旨の通達を受け、被告において、機械的にそれに該当する者をすべて抽出し、別表六ないし八の各一、二記載のとおり報告した結果に基づき、本件各年分ごとにその平均値を求めて抽出した。
① 建築工事業を営む者であること。
② 所得税の申告を青色申告によっている者であること。
③ 本件各年分ごとに、売上原価の額が次の範囲内(本件各年分の原告の売上原告の額の二分の一以上二倍以下)にある者であること。
ア 昭和六三年分については、七一一万一二三二円以上二八四四万四九二八円以下
イ 平成元年分については、九一〇万六六三四円以上三六四二万六五三四円以下
ウ 平成二年分については、八二八万八四三六円以上三三一五万三七四二円以下
④ 外注費の支出のある者であること。
⑤ 年を通じて前記①の事業を継続して営んでいる者であること。
⑥ 次のアないしイのいずれにも該当しない者であること。
ア 災害時により経営状態が異常であると認められる者
イ 更正又は決定処分がされている者のうち、次のA又はBに該当するもの
A 当該処分について国税通則法(以下「通則法」という。)又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間が経過していないもの
B 当該処分に対して不服申立てがなされ、又は訴えが提起され、現在審理中であるもの
(二) 本件所得税各賦課決定の根拠
被告は、本件所得税各更正により原告が新たに納付すべきこととなった本件各年分の税額(通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てた金額。以下同じ。)を基礎として、次のとおり本件所得税各賦課決定を行った。
(1) 昭和六三年分
本件所得税各更正により新たに納付すべきこととなった昭和六三年分の所得税額五二万円に一〇〇分の一〇の割合を乗じて計算した金額である五万二〇〇〇円(通則法六五条一項)に右五二万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額二万円に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額一〇〇〇円(通則法六五条二項)を加算して五万三〇〇〇円と算定した。
(2) 平成元年分
本件所得税各更正により新たに納付すべきこととなった平成元年分の所得税額一三七万円に一〇〇分の一〇の割合を乗じて計算した金額である一三万七〇〇〇円(通則法六五条一項)に右一三七万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額八七万円に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額四万三五〇〇円(通則法六五条二項)を加算して一八万〇五〇〇円と算定した。
(3) 平成二年分
本件所得税各更正により新たに納付すべきこととなった平成二年分の所得税額七五万円に一〇〇分の一〇の割合を乗じて計算した金額である七万五〇〇〇円(通則法六五条一項)に右七五万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額二五万円に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額一万二五〇〇円(通則法六五条二項)を加算して八万五〇〇〇円と算定した。
(三) 本件消費税決定の根拠
原告を本件課税期間につき、消費税の納税義務者である(法五条一項、九条一項)とし、本件課税期間における課税売上額を前記(一)(3)記載の原告の平成二年分の所得税に係る総収入金額と同様の方法で算出した七三九〇万四九〇九円と認定し、同金額に一〇三分の一〇〇を乗じた七一七五万二〇〇〇円(通則法一一八条一項によって一〇〇〇円未満の端数を切り捨てたもの。)を課税標準額とし、右課税標準額に消費税率一〇〇分の三(法二九条)を乗じた二一五万二五六〇円を右課税標準額に対する消費税額とし、法三〇条七項にいう「帳簿又は請求書等を保存しない場合」に該当するとして控除対象仕入税額を〇円とし、納付すべき税額を二一五万二五〇〇円(通則法一一九条一項によって一〇〇円未満の端数を切り捨てたもの。)と算出し、その範囲内の金額である一七九万五八九〇円を限界控除前の税額とし、これから限界控除税額八一八〇円を控除した一七八万七七〇〇円(通則法一一九条一項によって一〇〇円未満の端数を切り捨てたもの。)をもって本件消費税決定における納付すべき税額とした。
(四) 本件消費税賦課決定の根拠
被告は通則法六六条一項の規定に基づき、本件消費税決定により原告が新たに納付すべきことになった税額一七八万円(通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てた金額。)に一〇〇分の一五の割合を乗じて二六万七〇〇〇円と算定した。
第三 争点及び当事者の主張
一 争点
本件の争点は次の四点である。
1 推計の必要性
2 推計の合理性
3 実額主張の成否
4 課税売上額及び仕入税額控除の要否
二 当事者の主張
1 推計の必要性
(被告)
被告所部職員佐野崇之調査官(以下「佐野」という。)は、平成三年五月一〇日に、原告宅に赴いて不在票による調査協力を促して以来、再三にわたって原告に対して調査協力の要請を行ったにもかかわらず、原告は、同月末までに連絡すると述べながら、何らの連絡もせず、調査に対する協力が全く得られず、佐野がようやく把握した原告の工事現場に原告を訪ねた際にも、原告は佐野からの帳簿書類等の提示要請に応じようとしなかった。
このような状況のもとで、被告は、原告の所得金額を実額で把握することは不可能であると判断し、やむを得ず、原告の取引先等に対する調査によって把握した取引金額を基礎として原告の本件各年分の所得金額を推計し、本件の各処分を行ったものである。
(原告)
被告は、原告に対して社会通念上必要とされる調査をしておらず、推計の必要性はない。
被告は、原告に事前の連絡を一切せず、平日の午前中及び日中に原告宅を訪問しており(原告は、平成三年五月一〇日に佐野が原告宅を訪問した際に差し置いたという不在票を見ていない。)、原告は、平成三年五月一七日に佐野が原告の自宅のポストに差し置いた不在票を見せられて初めて佐野の訪問を知ったのであり、このような方法による調査は、納税者の権利を無視したものである。また、原告は、同月一八日に佐野あてに東村山税務署に電話をしたが、佐野が不在であったため、今忙しい旨と、電話があったことを佐野に連絡してほしい旨を電話を受けた職員に頼んだのである。原告及び同居の妻は日中は仕事に出ていて、自宅にはいないが、原告は通常午前八時少し前に自宅を出ているので、それ以前であれば在宅しているし、午後五時三〇分以降であれば、原告の妻はほとんど在宅しており、仕事の電話もあるから原告又は原告の妻が在宅していれば、電話に出るはずであるから、佐野が原告宅に何度も電話したはずはない。仮に平日の日中にのみ電話していたとしても、通常は人のいない時間帯であるから、努力をしたということにはならない。
原告は、取引先に対し、被告の調査に応じるように述べていたのであり、被告の税務調査を妨げるような言動をしていない。
原告は、佐野が原告宅のポストに差し置いた平成四年一月二三日付けの不在票を見て、同月二七日(月曜日)に再度訪問するとの記載があったことから、同日午前九時ころ佐野に電話したが、佐野は不在であったため、仕事先である川崎市麻生区の現場の住所を教えたところ、同日午後四時ころ、佐野が同現場に現れたのである。その際、佐野は、原告に対し、帳簿書類等の提示を求めたことはなく、被告が調査により推計した本件各年分の所得税の納付すべき税額を告知し、修正申告のしょうようをしただけであった。
2 推計の合理性
(被告)
推計課税における推計の方法は、一般的、抽象的にみて客観的な所得額との一致の蓋然性があれば足りるものであるから、推計の合理性を基礎づける事実も、一般的、抽象的にみて実額に近似した金額を算出するのに必要な限度で類型的にとらえるべきである。そして、同業者による推計の方法が平均値による推計である場合には、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は捨象されるから、営業条件の差異が平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものでないかぎり、推計の合理性は是認される。
被告は、原告の取引先を調査して把握した原告の本件各年分及び本件課税期間中の仕入金額を基礎として、原告と業種、業態、立地条件が同一であり、事業規模も類似している者で、その申告の内容が法制度上信用に値する青色申告者の全員を機械的に比準同業者として選定したものであり、比準同業者の抽出過程に被告の恣意が介在する余地はなく、本件の比準同業者の平均売上原価率及び平均特前所得率を適用して事業所得の金額を算出した本件推計は合理的である。
(原告)
原告は、主として一般個人住宅の木工事を請け負う建築業を営んでおり、従業員はおらず、年間の請負工事件数は少なく、昭和六三年は五件、平成元年は六件、平成二年は六件にすぎず、必要な場合は外注に頼んでいるが、被告が選出した同業者がいかなる営業をしているか不明であり、原告の類似業者であるかどうか不明である。
また、原告は、白色申告をしており、被告が青色申告業者を類似業者であるとした方法は合理的な根拠がない。
3 実額主張の成否
(原告)
(一) 原告の工事日程は、昭和六三年分については別表一〇、平成元年分については別表一四、平成二年分については別表一八に各記載のとおりであって、右によれば、原告が他に工事を行うことは不可能であることは明らかであって、本件各年分における原告の収入の実額は後記(二)記載の原告の主張する売上げの額と一致するというべきである。
(二)(1) 原告の昭和六三年分の所得金額は、別表九記載のとおり、売上金額合計五七七八万〇五〇〇円(詳細は別表一〇記載のとおり。)から仕入原価合計一六〇四万八八六一円(詳細は別表一一記載のとおり。)及び外注費以下の経費の合計三九五八万一一六九円(詳細は別表九記載のとおりであり、うち外注費の明細については別表一二の一、二記載のとおり。)を控除した二一五万〇四七〇円となる。ところで、原告が平成元年三月一五日にした昭和六三年分の原告の所得税に係る申告の総所得金額三五三万六二〇〇円は、右実額により算出した総所得金額を超えるから、本件所得税各更正のうち昭和六三年分については、右申告により確定した総所得金額三五三万六二〇〇円を超える部分及び本件所得税各賦課決定のうち右に係る部分はいずれも取り消されるべきである。
(2) 原告の平成元年分の所得金額は、別表一三記載のとおり、売上金額合計四八七一万一九〇〇円(詳細は別表一四記載のとおり。)から仕入原価合計一八七六万二八七九円(詳細は別表一五記載のとおり。)及び外注費以下の経費の合計二六四四万九九二二円(詳細は別表一三記載のとおりであり、うち外注費の明細については別表一六の一、二に記載のとおり。)を控除した三四九万九〇九九円となるので、本件所得税各更正のうち平成元年分については、右実額により算出した総所得金額三四九万九〇九九円を超える部分及び本件所得税各賦課決定のうち右に係る部分はいずれも取り消されるべきである。
(3) 原告の平成二年分の所得金額は、別表一七記載のとおり、売上金額合計四六四〇万〇七〇〇円(詳細は別表一八記載のとおり。)から仕入原価合計一九六二万六七一九円(詳細は別表一九記載のとおり。)及び外注費以下の経費の合計二四五六万二三八七円(詳細は別表一七記載のとおりであり、うち外注費の明細については別表二〇の一、二に記載のとおり。)を控除した二二一万一五九四円となるので、本件所得税各更正のうち平成二年分については、右実額により算出した総所得金額二二一万一五九四円を超える部分及び本件所得税各賦課決定のうち右に係る部分はいずれも取り消されるべきである。
(被告)
本件で問題とされている事業所得の金額は、所得税法上、その年中の総収入金額から必要経費を控除した金額とされているところ(所得税法二七条二項)、かかる事業所得の金額を実額で算出するためには、通常、事業に関して生じる収入及び支出の一切を細大漏らさず記録した会計帳簿の存在が必要不可欠というべきである。すなわち、収入金額については、収入金額を継続して個別、具体的に記録した会計帳簿と領収証控え、請求書控えなど会計帳簿を作成するもととなる書類(原始記録)が照合されることにより、その実額及び収入漏れがないことを正確に把握できるのであり、また、必要経費についても、収入金額同様、原始記録に基づいて記録された会計帳簿により費用と収益の対応関係を検討することによって、初めてその年の必要経費として認定できるからである。
本件訴訟で原告が実額反証に供するとして提出した①売上げに係る売上明細(甲第三ないし第五号証)、②仕入れに係る請求書等(甲第六ないし第八号証)、③外注費に係る領収証等(甲第九ないし第一一号証)、④経費に係る領収証等(甲第一二ないし第一四号証)のみでは、収入計上の漏れがないかどうかは明らかではなく、収益との対応関係が認められる必要経費であるかどうかについて十分な検討を実行することも困難である。
また、売上金額の実額立証の原始記録についても、建築工事業者であれば、通常、請求書及び領収証控えが最低限提出される必要があるが、本件では売上げに係る売上明細(工事代金証明書、建設工事請負契約書等)が提出されているのみである。そして、原告が売上明細として提出した工事代金証明書(甲第三号証の一の一、同号証の三、四、第四号証の一ないし五、第五号証の二の一、同号証の三、四、六)には、いずれも作成年月日の記載がなく、各取引相互間の前後関係が明らかでなく、したがって、売上明細の作成者以外との取引がなく収入の漏れがないかどうかを確認することができず、そもそも右の工事代金証明書がいかなる原始資料に基づいて作成されたのかも不明であって、その正確性を検証できない。また、原告が、売上明細として提出した建設工事請負契約書については、追加工事等の発生によって最終工事代金が契約時の請負代金よりも増額することが頻繁である建設工事では、右各契約書をもって原告の売上金額のすべてを正確に算定できる資料であるというには疑義があり、原告が提出した右各契約書の一部(甲第三号証の一の二、同号証の三)には、追加工事代金の記載があるが、これがいつどのような資料に基づいて記載されたものであるのかも不明である。したがって、原告から提出された売上明細という立証方法、立証手段自体失当というべきである。
4 課税売上額及び仕入税額控除の要否
(原告)
(一) 本件課税期間の課税売上額は、前記3原告の主張(二)(3)で実額により算定した四六四〇万〇七〇〇円を本件課税期間の原告の売上額として、同金額に一〇三分の一〇〇を乗じた四五〇四万九〇〇〇円である。
(二) 法三〇条七項の「保存」の意義等
税制改革法一〇条二項「消費税は、事業者による商品の販売、役務の提供等の各段階において課税し、経済に対する中立性を確保するため、課税の累積を排除する方式による」と規定していることからすれば、消費税の二重課税は極力排除されなければならず、仕入税額控除は納税者の権利というべきであって、法三〇条七項に規定する「課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合」の要件は厳格に解釈すべきである。したがって、納税者が税務職員による帳簿又は請求書等の提示要請に応じなかった場合でも、客観的に帳簿又は請求書等の保存があり、仕入税額が判明する場合であれば、同条の要件を満たさないというべきである。そして、課税処分に対して取消訴訟が提起されている場合には、これに対する判決の確定によって、最終的に課税処分が確定する時までに帳簿又は請求書等の保存が確認できれば足りるというべきである。
被告は、法三〇条七項にいう「保存」とは法定帳簿又は法定請求書等の「提示」を含むと主張するが、両者は別の概念であり、租税法規の読み替えともいうべき拡張解釈であり、租税法律主義に違反する。
(三) 法定帳簿又は法定請求書等の提示拒否の事実の有無
国税庁の「仕入税額控除の対象となる法定帳簿又は法定請求書等の保存・提示の意義及び記載内容の軽微な瑕疵の取扱い」と題する通達においては、「帳簿等の提示を拒む等非協力的な場合で、仕入税額控除をするためには帳簿等の保存が必要であることを再三にわたって教示したにもかかわらず仕入れに係る帳簿等を提示しない場合」に仕入税額控除を否認できるとするが、原告が、職員と面接したのは原告の仕事先の現場での一回だけであり、その際にも被告の調査により原告が新たに納付すべきこととなる所得税額の告知と修正申告のしょうよう及び消費税についても課税事業者と認められるので、申告するようにとのしょうようが行われただけであり、被告から所得税及び消費税の調査を受け、被告から帳簿の提示を求められたことはないから、原告が法定帳簿又は法定請求書等の提示を拒否したという事実はなく、また、本件消費税決定において仕入税額控除をしていないことは右通達にも反する。
そして、法定帳簿又は法定請求書等の提示拒否の事実が認められるのは、税務調査の全過程を通じて、税務当局側が確認のために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったにもかかわらず、その確認を行うことが客観的にできなかったと考えられる場合に限られるというべきであり、平日の昼間に電話したり、電話や郵便等で連絡もせずに平日に訪問するだけでは十分ではない。なお、不在票をポストに差し置いたとしても、新聞、チラシ等にまぎれて原告が不在票を見付けない場合があるから、十分ではない。
以上のとおり、被告は、努力を怠っており、税務調査の全過程を通じて、税務当局側が帳簿及び領収証等の備付け状況等を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったとは到底いえないから、その確認を行うことが客観的にできなかった場合には該当しない。
(四) 原告の法定請求書等の保存
原告は、本件訴訟において原告が主張している本件課税期間の課税仕入れに対応する法定請求書等を保存しており、これを書証として提出しているから、本件課税期間の原告主張の課税仕入れに係る消費税額は控除対象仕入税額とすべきである。
なお、右請求書等の一部には、形式的に法定の要件を欠くものも存在するが、以下の理由から、いずれも実質的には法定の要件を満たした法定請求書等と認め、又は累積課税を回避するという仕入税額控除の存在理由に照らしてこの分の仕入税額控除を認めるべきである。
(1) 別表二一の一ないし三掲記の領収証中「ハ」欄に×印が付されたものの中には課税資産の譲渡等に係る資産又は役務の内容が記載されていない領収証があるが、これらについては、原告の職業、取引の相手方(作成者)の名称又は肩書、関連する相手方作成の請求書又は領収証、原告作成の陳述書(甲第二二号証)からその内容が推測できること。
また、領収証に代わる振込金受取書で課税資産の譲渡等に係る資産又は役務の内容が記載されていないもの(甲第一一号証の一九の一)については、受取書という形式から、役務の記載はできないのであり、右記載を欠いたものも有効な領収証と扱うことが仕入税額控除の目的に合致すること。
(2) 甲第八号証の四の一ないし三、同号証の四の五、六、八、九の中の作成者の記載がない請求書控えは、いずれも、原告が取引の相手方(作成者)から借りてきたものであるが、これらは甲第八号証の四の二、四の四、七、八中の相手方が作成した領収証と同一の筆跡であり、右相手方の作成であることが明らかであり、課税仕入れを合理的に推認させるものであること。
(五) 原告の主張する消費税額
以上によれば、本件課税期間の課税売上額四五〇四万九〇〇〇円が課税標準額となるから、この金額に消費税率一〇〇分の三(法二九条)を乗じた一三五万一四七〇円を右課税標準額に対する消費税額とし、本件課税期間における仕入額及び経費の合計額四二二七万四六九〇円に一〇三分の三を乗じた額である一二三万一三〇一円を控除対象仕入税額と算出して、これを前記課税標準に対する消費税額から控除した一二万〇一六九円から別紙消費税税額計算書末尾記載のとおり算出した限界控除税額六万〇二八一円を控除した五万九八〇〇円(通則法一一九条一項によって一〇〇円未満の端数を切り捨てたもの。)が、納付すべき消費税額である(計算の詳細は別紙消費税税額計算書記載のとおり。)。
(被告)
(一) 法三〇条七項の「保存」の意義
仕入税額控除が認められるためには、①課税仕入れ等に係る消費税額が真実存在することとともに、②法定の事項を記載した仕入税額控除に係る法定帳簿又は法定請求書等を納税者が保存していることが必要である。
ところで、法は、納付すべき税額を納税者がする申告により確定することを原則とする申告納税制度を採用しつつ(法四五条)、税務職員の質問検査権の規定も設けている(法六二条)こと等からすれば、最終的には、税務職員の適切な質問検査権の行使により、申告内容の正確性を確認できることを予定しており、法三〇条七項が仕入税額控除に係る法定帳簿又は法定請求書等の保存を仕入税額控除の要件としたのも、税務職員が税務調査に際して、納税者から仕入税額控除に係る法定帳簿又は法定請求書等の提示を受け、課税仕入れに係る消費税額に関する申告が正確であることを確認するためというべきである。
そして、法には、仕入税額控除について推計を許した規定がなく、一方、納税者から法定帳簿又は法定請求書等の提示がない場合には、課税仕入れ等に係る消費税額に関する正確性を確認できないことからすれば、法三〇条七項に規定する「保存」は、税務職員の適切な質問検査権の行使に基づく提示要求があったとき、法定帳簿、法定請求書等を提示することを予定した保存、すなわち、物理的保持ないし保管に加えて提示を含むものをいうと解されるのである。したがって、納税者が税務調査に際し、税務職員に対して、法定帳簿及び法定請求書等を提示することを拒否した場合には、法三〇条七項にいう法定帳簿又は法定請求書等を保存しない場合に該当し、仕入税額控除の要件を欠くことになるというべきである。
なお、数年もたってから法定帳簿、法定請求書等の実質的な要件に該当するか否かの調査、判断を正確に行うことは困難であることからすれば、仕入税額控除の要件として法定帳簿又は法定請求書等の「保存」が必要とされているのは、税務調査ひいては課税処分時における仕入税額の立証のためと考えられること、令五〇条において一定の日から七年間法定帳簿又は法定請求書等の保存が義務付けられていることからして、課税処分の段階で法定帳簿又は法定請求書等が提示される必要があり、不服審査又は訴訟において法定帳簿又は法定請求書等が提示されても仕入税額控除は認められないというべきである。また、このように解さないと、不服審査又は訴訟における証拠資料は法定帳簿、法定請求書等に限定されないから、裁判所等に法定帳簿又は法定請求書等が提出されない場合でも、これらが所定の時期、場所に存在することが立証された場合には仕入税額控除が認められ、また、税務署長が適法な手続を経て行った処分が容易に覆されることになり、課税関係の安定を著しく損なうことになりかねず、法三〇条七項が法定帳簿又は法定請求書等の保存を規定した意味が没却される。
(二) 法定帳簿又は法定請求書等の提示拒否の事実の有無
原告が存在すると主張する通達は存在せず、また必ずしも「帳簿等の保存が必要であることを再三にわたって教示した」場合でなければ仕入税額控除を否認しないという運用を行っているわけでもないから、この点に関する原告の主張は失当である。
そして、本件においては、原告の本件各年分の所得税の調査の過程で、本件課税期間において原告が消費税の課税事業者に該当することが判明し、原告に対しその旨の教示、説明を行っているところ、原告に対しては、電話や直接原告宅に赴いて不在票を差し置くなどの方法により、再三にわたり、本件調査への協力を要請し、平成四年一月二七日付けの不在票及び佐野が工事現場において原告と面接した際には、帳簿及び請求書等の提示も明確に要請しているが、原告はこれらの要請に応じず、本件課税期間の課税仕入れに係る法定帳簿又は法定請求書等を全く提示せず、佐野は、これらを全く確認することができなかった。このことは法三〇条七項にいう「帳簿又は請求書等を保存しない場合」に当たる。
(三) 原告の主張する消費税額に対する反論
法の規定する仕入税額控除は、税制改革法一〇条二項の「課税の累積の排除」に配慮したものであり、納税者の事務負担を考慮しつつ、適正な課税を実現するために、容易に実行可能な法定帳簿又は法定請求書等の提示を含む「保存」を仕入税額控除の要件としたものである。
そして、法定帳簿、法定請求書等の記載については、消費税に係る申告、処分が大量反復性を有しており、早期確定、安定性が求められること、消費税が消費者からの預かり金的性格を有しており正確な税額を把握すべき要請が強いこと等に鑑み、その正確性を容易に判断できるように、画一的、形式的な正確性が求められているというべきである。
ところが、本件で原告が提示している請求書等の形式的記載の内容は別表二一の一ないし三記載のとおりであって、法三〇条九項一号の規定のすべてを満たしているのは、甲第八号証の三の一一の後に添付されている各請求書、甲第一四号証の二の二の領収証、同号証の五の二の納品書、同号証の七の七の二枚目の領収証のみである。なお、甲第八号証の一の六ないし八の各請求書については、再発行されたものであってその日時が明らかでなく、同号証の四の一ないし九の各請求書(控え)は、原告が取引先から借りてきたものであり、甲第一一号証の一一の四の二枚目及び三枚目並びに同号証の一七の七の二枚目及び三枚目の各請求書は、本訴段階に至って取引の相手方からファックスで入手したものであり、いずれも令五〇条一項の継続保存の要件を欠き、法三〇条七項の「保存しない場合」に該当する。
(四) 原告の納付すべき消費税額
前記のとおり、原告が消費税に係る本件課税期間について納付すべき消費税額は二一五万二五〇〇円であり、本件消費税決定における納付すべき税額一七八万七七〇〇円を上回る。
三 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。
第四 当裁判所の判断
一 推計課税の必要性について
1 当事者間に争いのない事実、証拠(甲第一号証の一ないし三、乙第二号証、証人佐野の証言により真正に成立したと認められる乙第三号証の一ないし五、証人佐野、原告本人。ただし、原告本人については、後記採用しない部分を除く。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
(一) 被告による調査の開始
原告から提出された本件各年分の所得税に係る青色の確定申告書には、昭和六三年分のものには「白色用」との付記がされていたものの、いずれも所得税法一四九条所定の貸借対照表、損益計算書その他事業所得金額に関する明細書(青色申告決算書)が添付されておらず、事業所得金額が記載されているのみで、事業所得を計算するための収支内容が不明であったことから、被告は、原告の申告内容が適切であるか否かについて調査を行うこととし、佐野に原告の所得税の調査を命じた。
(二) 被告による調査の経緯
(1) 佐野は、平成三年五月一〇日午後一時ころ、原告宅を訪れたが、原告本人及びその家族が不在であったため、原告の本件各年分の所得税の調査のために訪れたが面会できなかったこと及び同月一七日午前一〇時ころ再度訪問する予定であり、当日都合が悪い場合は、担当者まで連絡してほしいことを記載した不在票(カーボン紙を使用して二枚作成したうちの一枚を封筒に入れたもの。以下同じ。乙第三号証の一。)を原告宅のポストに差し置いて辞去した。
(2) 佐野は、平成三年五月一七日午前一〇時ころ、原告宅を訪れたが、応答がなかったため、原告の本件各年分の所得税の調査のために訪れたが面会できなかったこと、同月三〇日午前一〇時ころ東村山税務署まで来署願いたいこと及び当日都合が悪い場合は、担当者まで連絡してほしいことを記載した不在票(乙第三号証の二)を原告宅のポストに差し置いて辞去した。佐野は同日午後三時三〇分ころ、原告宅に電話をかけたが応答はなかった。
(3) 平成三年五月一八日午前九時二五分ころ、原告又は原告の妻から東村山税務署に佐野あてに電話があったが、その内容は、五月は忙しいので原告からまた電話するというものであった。右電話がかかってきた際、佐野は外出中であり、右電話を受けた職員が、佐野に右電話の内容を伝えた。
この点、原告は、当初「今、忙しいのでまたこちらから電話すると佐野さんに伝えてください。」と言ったと主張していたが、後に、佐野から原告へ連絡を頂きたいという内容であったと主張を変更し、最終的には、六月に入らなければ行けないと行った旨を主張し、原告本人尋問においては、「六月にならないといけない。」、「電話したことを佐野さんにお伝えください。」とだけ言った旨供述する。しかし、東村山税務署の職員の勤務時間である平日の日中は、原告は現場に出ており在宅していないことが通常であって、佐野から原告に電話等で連絡をとることは困難であること、原告の都合を最もよく把握している原告から佐野に連絡するのが合理的であること、当初、原告も被告主張とほぼ同内容の主張をしていたにもかかわらず、特段の理由もなくこれを変更している経緯は不自然であること、また、右のように原告の主張が変遷している事実は、原告自身の記憶が曖昧であることを窺わせることに照らせば、右原告の供述は信用性が低いというべきであって、右認定事実を覆すものではない。
(4) 佐野は、平成三年六月一日から同月一一日までの午前八時から午後六時までの間に、原告宅に一〇回程度電話をかけたが、いずれも応答はなかった。佐野は同月一二日午前一一時五〇分ころ、原告宅を訪れたが、応答がなかったため、本件各年分の所得税の調査のために訪れたが面会できなかったこと及び「五月末にご連絡いただけるということでしたが、ご連絡がありません。また何度かお電話しましたが、お留守のようでした。つきましては、六月一四日(金)迄に担当者にご連絡ください。ご連絡がない場合は、署の方で調査を進めます。」と記載した不在票(乙第三号証の三)を原告宅のポスに差し置いて辞去したが、原告からの連絡はなかった。このため、佐野は、同月末以降原告の取引先等に対して独自の調査を進め、その結果に基づき推計によって原告の本件各年分の売上金額及び所得金額を計算し、さらに原告を本件課税期間における消費税の課税事業者に該当するものと認め、右推計によって得た売上金額をもとに本件課税期間の消費税の課税標準額を算定した。
(5) 佐野は、平成三年九月から同年一一月の午前八時から午後六時までの間、原告宅に二〇回程度電話をかけたが、いずれも応答がなかった。
なお、原告は、佐野が調査を行った取引先から連絡を受けて、佐野が独自に調査を行っていることを認識した。
(6) 佐野は、独自の調査によって得た右算定の結果を説明すべく、平成四年一月二三日午後一時四〇分ころ原告宅に赴いたが、応答がなかったため、訪問したが会うことができなかったこと、調査結果について話したい事項があり面会したいので時間を空けてほしいこと及び同月二七日午前一〇時ころ再度原告宅を訪問する予定であり、当日都合が悪ければ連絡してほしいことを記載した不在票(乙第三号証の四)を原告宅の郵便ポストに差し置いて辞去した。
(7) 佐野は、平成四年一月二七日午前一〇時三〇分ころ、原告宅に赴いたが応答がなかった。そこで佐野は、訪問したが会うことができなかったこと、調査に応じてもらえない以上帳簿書類等の確認もできず、このことは青色申告承認の取消要件に該当すること、同月二九日までに原告から連絡がない場合は、調査結果について税務署から通知せざるを得ないこと及び消費税についても帳簿書類の提示がない場合は、仕入税額控除を認めない形で決定することになることを記載した不在票(乙第三号証の五)を原告宅のポストに差し置いて辞去した。当日午前一一時ころ、原告から東村山税務署に佐野あてに電話があり、川崎市麻生区の現場から電話していること及び当日は都合が悪い旨を述べたため、右電話を受けた職員が、後に佐野に右電話の内容を伝えた。佐野は、当時、東村山税務署の職員が把握していた川崎市麻生区高石二丁目の工事現場に原告がいるものと考え、他の職員二名とともに同現場を探し出して、同日午後四時ころ、原告を訪ねた。その際佐野は、原告に対し、身分証明書と質問検査章を提示した上で、申告のもととなった帳簿書類等の保存状況を確認したところ、原告から帳面は何もつけていない旨の回答があった。また、佐野は、原告に対し、税務署の方で調査を進めてきた結果(調査所得金額、同金額に基づいて算出した所得税額及び新たに納付することとなる所得税額)を説明し、修正申告をしょうようした。さらに佐野は、原告が消費税の納税義務を負うと認められるので消費税の申告も必要であること、消費税の額の計算においては消費税に関する帳簿や請求書等の保存がない場合には仕入税額控除が認められないことになること及び右帳簿及び請求書等の保存がないとして計算した場合の消費税の額について説明した。これに対し、原告は、「知っている方に相談して、また後ほど連絡します。」と返答した。佐野は、原告に対し、同月二九日までに連絡がない場合は、調査結果に基づいて通知することとなる旨を述べて辞去した。
2 右各事実によれば、佐野は、平成三年五月一〇日に、原告宅に赴いて不在票による調査協力を促して以来、平成四年一月二七日まで五回にわたって原告宅に赴いた上、いずれも不在であった原告に対して日時を指定して再訪問する旨を伝え、又は原告の税務署への来訪を要請するとともに、都合が悪い場合等は担当である佐野まで連絡してほしいことを記載した不在票を原告宅のポストに差し置いて、調査協力の要請を行ったが、平成三年五月一八日、佐野の不在中に、忙しいので五月中にまた連絡する旨の原告又は原告の妻から電話があっただけで、その後は原告から連絡はなく、原告による調査に対する具体的な協力が全く得られなかったことから、佐野はやむを得ず原告の取引先等に対して調査を開始したものであること、原告は右調査が行われていることを取引先等から連絡を受けて知ったが、その後も、平成四年一月二七日に至るまで、佐野に対して一切連絡をとることはなかったこと、佐野は平成三年九月から同年一一月中の午前八時から午後六時までの間に合計二〇回程度にわたり原告宅に電話をかけたがいずれも不在であったこと、佐野が原告の工事現場に原告を訪ねた際にも原告は、知り合いに相談すると述べるだけであり、その後も佐野に対して何らの連絡もしていなかったことが認められるところ、このような状況の下では、被告において、原告の所得金額を実額をもって把握することは不可能であるというべきであるから、被告が、原告の取引先等に対する調査によって把握した取引金額を基礎として原告の本件各年分の所得金額を推計したことには、その必要性があったということができる。
この点、原告は、原告宅のポストのように道路の面したものの場合には、ポストを開ける際に、中に入っている物を誤って下に落とすなどして紛失するおそれがあり、現にポストに差し入れられたとされる不在票のうち原告が実際にその存在を確認したのは、平成三年五月一七日付けのものと平成四年一月二三日付けの二通だけであり、その他の不在票の存在は確認していないと主張する。しかしながら、証拠(原告本人)によれば、原告宅のポストから郵便物が紛失したことはないことが認められるところ、不在票が入った封筒だけが紛失し易い理由はないのに、五回差し置いたとされる封筒に入った不在票が三回も紛失したということは不自然であるから、この点に関する原告の主張は採用することができない。また、原告は、佐野が平日の日中(午前八時から午後六時までの間)に原告の自宅に何回も電話をしたことについても、勤め人であれば日中に在宅しているはずがないから、このような方法では、社会通念上、通常要求される程度の努力を怠っていると主張する。しかしながら、建築工事業を営む原告が日中に所在している場所を第三者が知ることは困難であって、佐野がこれを把握していなかったこともやむを得ないと考えられる上、現に事業を行っている者であれば、事業に必要な連絡を受け得る状態を備えていることが通常は期待されるのであるから、その場合に平日の日中に自宅に電話をかけること自体は常識的な連絡方法であって、勤務時間以外の休日又は平日の午前八時以前ないし午後六時以降に電話連絡をしなかったことをもって、佐野が原告と面会するために必要な努力を怠ったとはいえない。しかも、電話での連絡は、佐野が原告宅を五度にわたり訪問し、そのたびに不在票をポストに入れて連絡しており、これを受けた原告から佐野に電話をかけて都合の良い日を指定したり、佐野が不在であれば、その旨の伝言を頼む等することは容易であったにもかかわらず一切連絡がなかったため、やむなく補助的になされた連絡方法であったというべきであり、このことも考慮すれば、この点に関する原告の主張は失当というほかない。
二 推計課税の合理性について
本件で被告が行った推計の方法は、前記第二、三3(一)記載のとおりであるところ、証拠(乙第一号証の一ないし四、第二号証、いずれも東京国税局長作成部分についてはその趣旨及び形式から公務員が職務に関し作成した真正な文書と認められ、右公文書部分の記載によれば右各書証が私文書部分の作成者に送付された後、私文書部分が記載されて東京国税局に返送されてきた事実が認められ、右によれば、私文書部分についても真正に成立したと認められる乙第一二ないし第一六号証、第一九号証)及び弁論の全趣旨によれば、原告の本件各年分の仕入金額として少なくとも別表五の各年分①欄記載の仕入金額が存在していること、被告が前記第二、三3(一)(4)記載の方法で比準同業者を選定したこと、本件各年分の比準同業者のそれぞれの売上金額、売上原価の金額、売上原価率、経費等の額、特前所得金額及び特前所得率並びに本件各年分における比準同業者の平均売上原価率及び平均特前所得率が、それぞれが別表六ないし八の各一、二記載のとおりであることが認められる。
右認定事実によれば、原告の売上金額及び一般経費を算出する目的で被告が選定した比準同業者の選定基準は、業種の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の点において同業者の類似性を判別する要件として合理的なものであって、また、右同業者の選定に当たって被告の恣意が介在する余地も認められない。そして、右比準同業者は、いずれも青色申告者であって、その申告が確定していることに照らすと、その仕入金額等の算出根拠となる資料の正確性も担保されているというべきである。なお、青色申告者であるか否かは、申告方式の問題であって、業種又は業態の差異により区別されるものではないから、原告が青色申告者でなかったとしても、所得税算定の基礎となる収支状況の正確性が法定の帳簿書類等で担保されている青色申告者から比準同業者を選定することには合理性がある。
そして、選定された同業者の数は、昭和六三年分につき三〇名、平成元年分につき二七名、平成二年分につき二二名分であり、そのいずれも同業者の個性を平均化するに足りる選定件数であると解される。
以上によれば、前記の仕入金額に平均売上原価率及び平均特前所得率を適用して原告の本件各年分の事業所得を推計することは合理性があると認めることができる。
三 実額主張について
1 被告の主張する推計課税に対して、原告は、本件各年分の事業所得金額について、本件所得税各更正における金額を下回る実額を主張する。
ところで、本件における推計による更正は、その必要があるときに合理的と認められる方法をもって各種所得の金額を推計するものであり、収入の発生原因、その金額、控除すべき経費、その金額等を個別に推計するものではないから(所得税法一五六条)、このような推計課税に対して、原告が実額による課税をすべき旨を主張する場合には、原告は収入又は支出の一部についてではなく、その収入金額と必要経費の全部についての実額及び必要経費が収入金額に対応するものであることについて立証する必要があることはいうまでもない。そして、この場合、収入金額についていえば、原告は、その主張する収入金額が原告の当該係争年分のすべての取引から生じたすべての収入であることを立証する必要があるというべきである。
2 収入金額
(一) 本件各年分に係る収入金額の実額に関する原告の主張は、前記第三、二3の原告の主張欄記載のとおりであり、これに沿う甲第三ないし第一四号証(ただし、いずれも枝番号を含む。)及び原告本人の供述が存在する。
本件訴訟で原告が実額反証に供するとして提供した右各証拠は、売上げに係る売上明細(甲第三ないし第五号証)、仕入れに係る請求書等(甲第六ないし第八号証)、外注費に係る領収証等(甲第九ないし第一一号証)、経費に係る領収証等(甲第一二ないし第一四号証)の原始記録であり、これのみでは、収入計上の漏れがないかどうかは明らかでなく、収益との対応関係が認められる必要経費であるかどうかについて十分な検討を実行することも困難である。そこで、原告は、まず、原告主張の収入金額に漏れがないことを明らかにするために本件各年分の工事の日程表(甲第二一号証の一ないし三)を提出した。この点、右日程表の記載から、一人親方である原告に他の収入がないことを証明するためには、①右日程表の記載が原告が実際に工事を行った期間を正確に記載していること、②他の仕事をする余裕がない程に原告が主張する各工事の日程が詰っていること及び③原告が他人に仕事を紹介する等の実際に工事を行う以外の方法により収入を一切得ていないことの要件をいずれも満たす必要があるところ、証拠(原告本人)によれば、右日程表に記載された工事の年月日は、原告や施主の記憶や、契約書、取引先から受領した領収証の日付等に基づいて作成したものであって、必ずしも正確なものではなく、一〇日ないし一か月以上の幅があること、原告は、自らが工事をするのではなく「口きき」と称して、取引先に仕事を紹介して手数料を受領することもあることが認められ、以上によれば、右日程表は、前記①、③の要件を充たしていないことが明らかであり、右日程表に記載された工事期間が真実であることを前提として、原告に他の工事を請ける余裕がなかったとする原告の主張を認めることはできないというべきである。
また、原告は、平成七年五月二六日付け準備書面で本件各年分の事業所得の実額について主張した後、同年七月二〇日付け準備書面で平成元年分及び平成二年分の仕入れ及び経費について追加主張をし、同年九月二二日付け準備書面で平成二年分の経費の訂正をし、平成八年九月三〇日付け準備書面では、平成元年分及び平成二年分の売上げにつき計上漏れとなっていた金額を追加し、本件各年分の仕入れ並びに昭和六三年分及び平成元年分の経費の訂正をし、平成九年九月一八日付け準備書面では、被告提出書証による指摘も踏まえて本件各年分の売上げについて計上漏れとなっていた金額を追加し、平成元年分の仕入れ及び本件各年分の経費の訂正を行っている。そして、この間の平成八年六月一九日から平成九年三月一四日までの期間に四回にわたって行われた原告本人尋問において、原告は、被告から売上げの計上漏れの疑いを指摘されながら、必ずしも明確な応答をすることができなかったことが認められ、このことからすれば、本件訴訟において原告が提出した書証を離れて原告自身が自らの行った工事を漏れなく正確に把握しているものではないことは明らかである上、本件訴訟において原告が売上げを証するものとして提出した書証がすべての収入を証するものでないことは、原告の主張変更の原因となった乙号各証が存在することのみならず、原告が提出した書証に基づいて被告から収入の計上漏れが指摘されたことからも、明らかというべきであり、右乙号各証は被告が反面調査によって把握し得たものにすぎないから、結局、本件全証拠によっても、原告が主張する本件各年分の事業所得の実額については、その収入金額が計上漏れのない全収入であることについての立証があったということはできない。
(二) 以上によれば、本件全証拠によっても、原告主張の本件各年分の売上金額について、これを実額と認めるに足りる証拠がなく、したがって、原告においては、事業所得に係る総収入金額を立証したということはできないから、更に原告において実額と主張する必要経費について判断するまでもなく、原告の実額主張は理由がないというべきである。
四 本件所得税各処分の適法性
以上によれば、前記第二、三3(一)のとおり行われた本件所得税各更正は、いずれも原告の本件各年分の事業所得の金額の範囲内で適法に行われたものであり、また、これに伴い前記第二、三3(二)のとおり行われた本件所得税各賦課決定も同様に適法というべきである。
五 本件消費税処分の適法性
1 課税売上額について
消費税の課税標準である課税売上額は、事業者の行う個々の資産の譲渡等の実額に基づいて確定されるべきものであり、事業者が保存する帳簿又は質問検査権の行使により(法五八条、六二条、令七一条)右実額が判明することが期待されるが、納税者の協力がないが故に課税を放棄することは許されないから、納税者の協力を得られず、個々の資産の譲渡等に関する信頼し得る調査資料を欠くために個々の実額からの課税売上額を確定することができないときは、課税庁は、必要な調査から判明した事実に基づき課税売上額を認定することが妨げられるものではなく、認定の基礎とされた事実が真実であり、当該事実から課税売上額を認定する方法が合理的であるときは、これをもって、課税売上額と是認し得るものというべきである。
この点を本件についてみると、既に認定説示したとおり、所得税に関して被告が採用した推計方法は、その基礎とされた事実が真実と認められ、その方法も合理的と認められるものであり、他方、原告が実額であると主張する売上金額をもって課税売上げの実額と認めることはできず、本件全証拠によっても、課税売上げの総額を個々の資産の譲渡等の実額に基づいて確定するには足りないというべきであるから、本件課税期間における消費税を含む課税売上額は、原告の平成二年分の所得推計における総収入金額と同様の方法で算出した七三九〇万四九〇九円ということができ、課税標準たる課税売上額は、右金額に一〇三分の一〇〇を乗じた七一七五万二〇〇〇円(通則法一一八条一項によって一〇〇〇円未満の端数を切り捨てたもの。)と認められる。
2 法三〇条七項の意義
(一) 法三〇条一項は、事業者の仕入れに係る消費税額の控除を規定するが、右規定は、法六条により非課税とされるものを除き、国内において事業者が行った資産の譲渡等(事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸し付け並びに役務の提供をいう。法二条一項八号)に対して、広く消費税を課税する(法四条一項)結果、取引の各段階で課税されて税負担が累積することを防止するため、前段階の取引に係る消費税額を控除することとしたものである。
そして、大量反復性を有する消費税の申告及び課税処分において、迅速かつ正確に、課税仕入れの存否を確認し、課税仕入れに係る適正な消費税額を把握するために、法三〇条七項は、当該課税期間の課税仕入れに係る法定帳簿又は法定請求書等を保存しない場合には、同条一項による仕入税額控除の規定を適用しないものとしているが、この法定帳簿、法定請求書等の保存について、法の委任を受けた令五〇条一項が保存年限を税務当局において課税権限を行使しうる最長期限である七年間とし、保存場所を納税地等に限定し、その整理を要求していることからすれば、法及び令は、主として課税仕入れに係る消費税額の調査、確認を行うための資料として法定帳簿又は法定請求書等の保存を義務づけ、その保存を欠く課税仕入れに係る消費税額については仕入税額控除をしないこととしたものと解される。
(二) 右の点に照らせば、法三〇条七項に規定する保存とは、法定帳簿又は法定請求書等が単に存在しているということだけではなく、法及び令の規定する期間を通じて、定められた場所において、税務職員の質問検査権に基づく適法な調査によりその内容を確認することができる状態での保存を継続していることを意味するというべきである。換言すれば、法三〇条七項にいう保存とは、適法な提示要請があれば直ちにこれを提示できる状態での保存を意味することになる。そして、この意味での保存の有無は課税処分の段階に限らず、不服審査又は訴訟の段階においても、主張、立証することが許されるものというべきである。
この点につき、原告は、最終的に課税処分が確定するまでは、不服審査、取消訴訟のいずれかの段階で法定帳簿、法定請求書等の存在が確認できた場合には、常に仕入税額控除を認めるべきであると主張する。しかしながら、右主張は、保存が単に物理的所持を意味するものではなく、仕入税額についての調査、確認のためのものであり、右調査、確認の第一次的責任が課税庁にあることを看過するものであって、これを採用することができない。
また、被告は、法三〇条七項の保存の内容には、税務職員の適法な提示要請があった場合に納税者がこれを提示することも含み、この保存、提示は課税処分の段階に必要であると主張する。しかし、「保存」という用語の通常の解釈として「提示」まで含むとするのは困難であり、また、法が法定帳簿、法定請求書等の保存を要求した趣旨が、税務調査において税務職員がこれらを確認することにあるとしても、そのことから任意的、非定型的に行われる税務調査において納税者に積極的な法定帳簿、法定請求書等の提示義務が発生すると解釈することはできない。また、確定申告書に課税仕入れとして記載された取引がその性質上課税仕入れに該当しないと判断されて仕入税額控除が否定された場合等において、調査段階において、税務職員が、法定帳簿、法定請求書等を確認するまでの必要がないとして、その提示を求めなかったときは、当該課税処分の適否をめぐる訴訟の段階に至って、法定帳簿、法定請求書等の保存がないことを主張、立証することを禁ずる理由はないというべきであるから、不服審査又は訴訟において保存に関する主張、立証が許されないとする被告の主張を採用することはできない。
(三) このように、法三〇条七項に規定する保存とは、適法な提示要請に応じて提示することができる状態での保存をいうものと解すべきであるから、消費税に関する課税処分の取消しを求める訴訟において、法定帳簿又は法定請求書等が提出されている場合には、これらを「保存しない場合」には該当しないものと推認することができるが、その場合であっても、法定帳簿又は法定請求書等の保存期間における税務職員の質問検査権に基づく調査における適法な法定帳簿、法定請求書等の提示要請に対して、納税者が正当な理由なくその提示を拒否し、そのため、税務職員がその内容を確認することができなかったという事情が認められるときには、逆に、その当時において法定の要件を満たした状態での法定帳簿、法定請求書等を保存しなかったことを推認することができるから、法三〇条七項の「保存しない場合」に該当するものとして仕入税額控除は認められないことになる。もっとも、提示の拒否があったと認められるか否かの判断は、税務当局が行う調査の過程を通じて社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったか否か、納税者の言動等の事情を総合考慮してされるべきであることはいうまでもない。
3 本件における法三〇条七項の適用
(一) 本件において、原告は、法定請求書等に該当するものとして書証を提出しており、弁論の全趣旨に照らして、当該書証以外に法定帳簿、法定請求書等として検討すべきものは保存されていないことが推認される。
そこで、本件においては、まず、原告が法定請求書等に該当するとして提出した各書証について検討することとする。
(二) ところで、法定帳簿、法定請求書等の記載要件は、大量かつ反復して行われる消費税に係る申告、課税事務を円滑ならしめるという法三〇条七項の趣旨に照らし、当該帳簿又は当該請求書等自体の記載から形式的に判断されるべきである。
この点、原告は、取引の各段階で課税されて税負担が累積することを防止するため、前段階の取引に係る消費税額を控除することとしたいという仕入税額控除の趣旨からして、形式的記載要件の記載がなく、又は記載が不明確な場合であっても、他の資料や当該帳簿ないし請求書等の他の記載事項の内容からその内容を推認することができる場合には、これを適法な法定帳簿、法定請求書等と認めるべきであると主張するが、仕入税額控除の要件として形式的記載要件を具備した法定帳簿、法定請求書を必要とした法の趣旨に照らし、これを採用することはできない。したがって、当該法定請求書等の記載のみでは課税資産内容が不明な場合や課税資産の譲渡等を特定することができない場合には法三〇条九項一号ロないしハの記載を欠いているというべきである。
(三) 原告が法定請求書等に該当するとして提出した書証が、法三〇条九項一号規定の形式的記載要件を具備しているか否かの点については、別表二一の一ないし三に記載のとおりであり、右形式的記載要件のすべてを満たしているのは、甲第八号証の三の一一の後に添付されている各請求書、甲第一四号証の二の二の領収証、同号証の五の二の納品書、同号証の七の七の二枚目の領収証のみである(以下右各書証に係る文書を「要件該当請求書等」という。)。
なお、甲第二五号証の領収証については、証拠(原告本人)によれば、甲第一一号証の二〇の五の領収証と差し替えるために平成九年六月一六日ころに取引先から再発行されたというものであり、令五〇条一項の継続保存の要件を欠いていることが明らかであるから、甲第一一号証の二〇の五の領収証のみを検討対象とした。また、甲第八号証の一の六ないし八の各請求書については、再発行されたものであってその作成日が明らかでなく、同号証の四の一ないし九の各請求書(控え)は、原告が取引先から借りてきたものであり、甲第一一号証の一一の四の二枚目及び三枚目並びに同号証の一七の七の二枚目及び三枚目の各請求書は、本訴段階に至って取引の相手方からファックスで入手したものであって、いずれも令五〇条一項の継続保存の要件を欠いており、法定請求書等を「保存しない場合」に該当する。
4 本件消費税処分の適法性
右によれば、要件該当請求書等以外の請求書等に係る課税仕入れについては、法定帳簿、法定請求書等を「保存しない場合」に該当するものと認められるが、要件該当請求書等に係る課税仕入れについては、それが真正に成立したことが認められ、かつ、調査段階における提示拒否の事実が認められる等の事情が無い限り、法定帳簿、法定請求書等を「保存しない場合」には該当しないということができる。
ところで、課税標準額七一七五万二〇〇〇円に消費税率一〇〇分の三(法二九条一項、通則法一一八条一項)を乗じると二一五万二五六〇円となるから、これを右課税標準額に対する消費税額としたことは適法であるところ、要件該当請求書等に係る仕入れ金額の合計額は九六万一七三二円であり、これに係る消費税額は二万八〇一一円となるものの、右課税標準額に対する消費税額からこれを控除しても二一二万四五四九円となり、本件消費税決定における限界控除前の税額は右の金額を下回る一七九万五八九〇円であるから、要件該当請求書等の真否及びこれに係る提示拒否があったか否かを問うまでもなく、右金額から限界控除税額八一八〇円を控除した一七八万七七〇〇円をもって納付すべき税額とした本件消費税決定は適法ということができ、これに伴い前記第二、三3(四)のとおり行われた本件消費税賦課決定も適法というべきである。
第五 結論
以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官富越和厚 裁判官團藤丈士 裁判官水谷里枝子)
別表一〜二一の三<省略>